7 -1 運営顧問による点検評価
分子科学研究所・外部評価報告書
評価委員名(代表的な肩書). :各担当領域
齋藤軍治(京大名誉教授) :協奏分子,物質,ナノプラット事業
廣田 襄(京大名誉教授) :光,協奏分子,物質,および,全体のまとめ 増原 宏(阪大名誉教授) :光,協奏分子
増田秀樹(名工大名誉教授):生命・錯体,協奏分子,統合バイオ 諸熊奎冶(分子研名誉教授):協奏分子,理論・計算
柳田敏雄(阪大名誉教授) :協奏分子,統合バイオ
ヒアリング実施日:2015年5月11日〜13日(3日間)
7 -1 -1 分子研全体の評価
(1 ) まえがき
分子科学研究所は化学と物理の学際領域である分子科学における大学共同利用研究所として1975年にスタート し,創立以来豊かな研究費と整備された装置に支えられて多くの優れた成果を生み出して国際的に評価される分子科 学研究のセンターとして機能してきた。現在でも論文引用度指数などに示されるようにその研究成果は国際的に見て 高い水準を維持している。人材育成の面では,物理化学分野を中心に我が国の大学における研究・教育のリーダーと して活躍する人材を多数輩出して我国における分子科学の発展に大きく貢献した。しかし,創立から40年が経ち, 分子科学および分子科学を取り巻く状況と大学における研究環境も大きく変化した。分子科学の領域は現在では生命 科学,物質科学を含む分子に関わる広範な領域と関わりを持つ分野に広がっている。このような変化に対応して,分 子研では2007年に従来の6研究系(理論,電子構造,分子構造,分子集団,極端紫外光,相関)を3領域(理論・ 計算,光,物質)に大綱化し,さらに第4領域として生命・錯体の研究領域を創出した。2013年からは大峯所長のリー ダーシップのもと,意欲的な新構想に取り組み,ナノサイエンスセンターを見直して,第5の研究領域として新たな 分野創成を目指す「協奏分子システム研究センター」を発足させ,それを補完するメゾスコピック系の時間変化を追 求する極限的な計測の研究センターの設立も構想されている。これらの新構想は極めて意欲的で興味深いものであり, 今後の展開に大きな期待がもたれる。
分子研は国際的な中核共同研究センターとして,国内外の分子科学研究を先導するとともに,生命科学・天文科学 などを含む,分子が関与する広範な関連分野の研究者と共同して科学の新たな研究領域を創出する任務をもつ。創立 以来,国際研究拠点として様々な取組をして研究のグローバル化を先導してきたが,この面でのリーダーシップを維 持するにはさらなる努力が必要であろう。
人事政策の面では,分子研では創立以来研究系の教授,准教授は完全独立で,助教を含めて内部昇格なしの人事政 策を採用してきた。これは従来の日本の大学の慣行を打破した画期的な政策で,大きな成果をあげてきたと評価され る。これにより分子研における人事の高い流動性を保持するだけでなく,大学における人事の流動性を促進するのに 大きく貢献してきた。また,新たな試みとして2011年からは27〜30歳の研究者をターゲットに若手独立フェロー 制度をスタートさせるなど,新たな頭脳循環型の人材育成を含む改革に取り組んでいる。
一⽅で,大学院生が少なく,各研究グループの規模が小さいために研究活動を大きく展開することが難しいという
問題をずっと抱えてきた。国内,国際的にますますグローバル化が進展し競争が激化する環境の中で,いかにして分 子研が国際研究拠点としての卓越性を維持して発展できるであろうか。本評価では,とくに新しい制度とその取組み, および個別分野について点検・評価し,将来のあり⽅について提言する。
(2 ) 新しい制度と取組について
① 若手独立フェローについて
アメリカなどでは,学位取得後の若手研究者が20代の後半に独立して自分の研究室を持って独自の発想で研究を 行って大きな成果をあげてきた例が良く知られている。従来の日本の講座制のもとでは若手が独自に自分の研究プロ グラムを展開することは一般には難しかった。分子研では以前から准教授が独立して研究できる環境を作ってきたが, 2011年から5年任期の特任准教授として「若手独立フェロー」の新しい制度をスタートさせ,博士号取得後2年以内, あるいは海外の博士研究員でとくに将来性が期待され,独自の着想で新しい分子科学を切り拓く意欲のある若手研究 者を採用した。このシステムは日本では画期的な試みで高く評価される。現在3名の若手独立フェローが協奏分子シ ステム研究センターに在任しているが,いずれも将来が期待される非常に優れた研究者であり,この制度が良く機能 して大きな成果が得られることを期待する。
② 新しい研究領域「協奏分子システム研究センター」について
分子研は2013年に従来の,理論・計算分子科学,光分子科学,物質分子科学,生命・錯体分子科学の4つの研究 領域を基礎として,次世代分子科学の新分野の創成を目指して,4領域にまたがる協奏分子システム研究センターを 発足させた。これは,“ 豊かな自然において多様な物質循環,エネルギー変換を司る「分子の知恵」を学び,卓越し た機能をもつ分子系を創成する” ことを目指すもので,その中心に2つのセンターを構想した。一つは卓越した機能 をもつ協奏的分子系の創成を目指すセンターCIMoS(Research Center of Integrative Molecular Systems)で,もう一つ はメゾスコピック系の時空間変化を追求する極限的な計測を開発するセンターである。発足以来CIMoS を中心に意 欲的な人事や分野間の連携を目指した新しい取り組みを行って,すでに相当な成果をあげている。具体的な成果や懸 念される点などに関しては個別研究領域の評価の項で論じるが,これまでの経過は今後の発展に大きな期待を抱かせ るものである。
(3 ) 課題と提言
① 分子研のvisibility と将来に関して
分子研のvisibility が低下して求心力が弱くなってきているという指摘がある。これに関しての受け止め⽅は分野に よって異なる。一般論としては,分子研創立当時と比べて大学の研究環境が相対的に良くなったこともあって,研究 施設等で整備されている,限られた最先端設備を使った研究を除いては分子研でなければできない研究が少なくなり, マンパワーの問題もあって国内では分子研の魅力が薄れたことは否めないであろう。しかし現在でも国際的にみて非 常にレベルの高いvisible な研究も多く行われている。重要なことは,分子研の持つ利点を生かして新しい分子科学を 創造し,真に国際的な分子科学のセンターとしての役割を果たすにはどうすべきかである。今回の評価では,大峯所 長のリーダーシップのもとに次代の分子科学創成のための新プログラムのスタートが切られ,新しい研究の芽が育ち つつあることが実感された。これを今後大きく育てることが重要であろう。
② マンパワー,研究グループの規模の問題
これまでの外部評価において常に指摘されてきた課題の一つは,分子研では大学院生が少なく,研究グループが小 さいために研究活動が限られるという問題である。この問題の深刻さは分野によって異なり,新物質の合成に依存す る物質分子科学や生命・錯体分子科学の分野でとくに大きい。期待されて着任した若手教授が短期間で大学に移る例 がしばしば見られるのは主としてこの問題に起因している。1988年に総研大が開学した当初は,大学に比べて恵ま れた研究環境に惹かれて分子研での研究を志す優秀な学生も比較的多く,総研大は多くの人材を育てることにも成功 した。しかし,大学院重点化や大学法人化以後,大型機器の導入などで大学の研究環境は整備され,この面での分子 研の優位は失われた。また,大学院生確保のための競争が激化し,大学生の学力低下の一般的傾向もあって,総研大 が優秀な院生を確保することが次第に難しくなっている。分子研では多くの学生,研究者を擁して活発な研究活動を 行っているグループもあるが,規模が小さい研究グループが多い。この問題をいかにして克服すべきであろうか。各 グループの基本構成を助教2名,あるいは助教1名,博士研究員1名にしたり,海外から選抜した優秀な院生をイン ターンシップとして半年程度,研究に従事させたり,近隣の大学から院生を1年程度,特別共同利用研究員(受託院生) として受け入れたりするなどの努力も見られるが,知恵を絞ってさらなる改善を図ってほしい。ありきたりの提言で あるが,以下のような点での一層の努力を望む。
・ 大型の競争的資金を獲得し,優れた研究の魅力によって国内および海外から若手研究者(PD),学生を多く集める 努力をもっとする。
・ JSPS のプログラムなどを利用して外国人 PD を増やす努力をする。また,懇意な外国人研究者を通じて優秀な外国 人学生・PD を増やすように努める。これは国際交流の点からも望ましいことである。
・ 学生の多くいる大学との兼務(兼担)あるいは共同研究で,研究グループを大きくする努力をする。
③ 人事に関して
a) 内部昇格禁止の⽅針に関して
原則として内部昇格を禁止してきた人事⽅針は前述したように大きな成果をあげてきた。しかし今後もこの⽅針を 続けるべきかに関しては,意見の分かれるところである。外国人運営顧問からは,しばしばこの⽅針に疑問が出され てきた。分子研は単独の研究所ではなく,大学と連携して絶えず新しい分野を創り出し,優秀な研究者を生み出し育 成した後に大学に送り出すための頭脳循環拠点であることを考慮すると,続けることが望ましいとする意見は強いが, 分子研を取り巻く環境も変化しており,研究所としての卓越性を維持するためには考え直す必要があるとする意見も ある。内部昇格がないので転出を前提に研究計画や自己のキャリアーの将来を考えざるを得ず,若手が長期的な視野 に立った意欲的な研究や,分子研の将来に関わる問題に責任を持って取り組む事が難しくなるとの指摘もある。これ までもUVSOR の加速器グループの場合のように特別な場合には内部昇格もあったが,厳密な審査を経て内部昇格を 認める柔軟な⽅針を含め,将来を見据えた⽅針の慎重な検討が望まれる。
b) 女性・外国人研究者に関して
国際的な研究機関を目指しながら,常勤教員の外国人研究者が2人というのは問題ではなかろうか。もっと優秀な 外国人研究者を獲得する努力が必要であろう。また,女性の研究者の数も極めて少ない。もともと分子科学分野の女 性研究者の数が少ない現状を無視して数だけを論じるのは問題であろうが,政策的にもまず数を増やすのが先決であ るとの意見もある。外国人および女性研究者を増やすための積極的な⽅策を検討して頂きたい。
④ 国際協力と交流に関して
分子研は国際研究拠点としてグローバル化を実現するため,創立以来様々な努力を重ねてきた。最近では,国際若 手招聘プログラム,国際インターンシップ,研究集会の国際化強化,国際諮問委員会制度の発足など,新しい試みに 取り組んできた。分子研が分子科学における世界のセンターになるためには,国際的な頭脳・人材の相互交流のさら なる強化が必須であり,それに関しては2013年度の評価において,具体的な提案がされている(分子研リポート 2013)。国際的な活動の強化のためには,外国人研究者へのきめ細かな対応や国際共同研究のコーディネーターとし ての役割など多くのサポートの仕事がある。分子研では最近導入されたURA 制度をいち早く利用して対応を始めて おり,この面では改善が進んでいる。しかし,国際活動の強化のための最大の問題点は,分子研との共同研究を希望 する外国人研究者の数が十分でないという問題である。分子研の研究者は自分の研究に忙しく国際活動までなかなか 手が回らないのが現状であろうが,運営上の工夫などでこの問題をできるだけ改善するよう望みたい。
7 -1 -2 個別研究領域の評価
(1 ) 光分子科学研究領域
① 全体的な評価
光分子科学研究領域のカバーする分野は,光源開発と光計測・制御の二つに大別される。光源開発ではコヒーレン ト放射光源と広い波長範囲のレーザー光源,超短パルスレーザー光源の開発と応用研究が,光計測・制御では,量子 ダイナミクスのコヒーレント制御,ナノ物質の光学イメージング・光制御,真空紫外光・X線による励起分子ダイナ ミクス,無機・有機固体の新規物性に関わる電子状態の解明が行われてきた。これらの研究分野はいずれも光分子科 学における重要で先端的な研究分野であり,国際的にも競争の激しい分野である。分子研の光分子科学研究領域の研 究者は極めて優秀で,プラズモンを駆使したレーザー顕微鏡化学,アト秒レーザー化学,マイクロチップレーザーや セラミックレーザーの開発,UVSOR を利用する溶液中化学反応の研究など,それぞれ特色あるテーマを選んでレベ
ルの高い研究を行ってきた。出版,論文,受賞,招待講演の実績,最近の外国人運営顧問による点検評価などに示さ れるように,国際的に高く評価される業績をあげてきている。
② 個別評価
全体としてこの分野の研究者は個人として優れた研究者が多いと高く評価する。説明を受けたグループについて特 に印象に残った点をあげる。
大森グループ
大胆な発想でアト秒領域の量子エンジニアリング技術を開発し,世界最速のスパコンより1000 倍速くナノより小 さい分子コンピュータや,固体中の原子の運動を10 兆分の1秒単位で制御し画像化する技術を開発して,国際的に 極めて高い評価を得ている。またこの技術を利用して古典論と量子論の境界にある現象を探索解明しようとしており, 分子科学として興味ある現象の発見・解明においても画期的な成果が得られるものと期待している。
岡本グループ
近接場顕微鏡を用いて金属ナノ構造による電場増強,プラズモン波および局所的光学活性の可視化に世界に先駆け て成功し,これを用いてユニークな研究を展開していることを高く評価する。最近ではサブ20 fs 近接場超高速計測
によるプラズモン波運動の可視化,金属ナノ構造のCD イメージング,キラル金属ナノ構造の近接場 CD イメージン グなどに取り組んでいる。これらは光マニピュレーションにおける非線形光学効果の探索,超解像光トラッピング法 の開発,さらにはキラルナノ光学の開拓など野心的な課題につながる。今後分子研におけるメゾスコピック測定法の 開発で中心となって活躍することが期待される。
小杉グループ
気体と固体,その分子間相互作用系の解析から,リアルな系の空間分解測定へシフトし,さらに時間変化する反応 系へと対象を発展させてきた。具体的な例をあげると,その場観測が可能な軟X線吸収分光法の確立とその顕微分光 への展開により溶液中の反応系の局所電子状態解析を可能にし,弱い分子間相互作用系の高分解光電子分光測定によ るバンド形成や水素結合形成の機構の解明など,UVSOR の特徴を生かした高度な研究がある。今後は脂質と分子の
相互作用の研究など,より複雑な生体系への展開も大いに期待している。
解良グループ
光電子分光の精密測定や強拡大log スケール測定,高配向試料作製・評価などを駆使して,有機半導体の電子状態 のわずかな変化,バンドギャップ中の電子準位,移動度の内部要因(バンド分散,電子・振動結合)を研究しようと している。着任後の日が浅いので,分子研における業績の評価は難しいが,分子固体のバンドギャップ中の電子を検 出して状態密度の定量的評価に成功するなど,今後の展開が期待される。
(2 ) 極端紫外光研究施設(U V S OR )
① 全体的な評価
最近の高度化によって真空紫外光,軟X線領域での放射光源としては世界トップレベルの性能を持ち,世界の加速 器を用いる研究の厳しい競争のもとで装置の性能を生かした特徴のある研究を推進することに成功して,ユニークな 研究成果をあげている。優秀なリーダーやスタッフの献身的な努力により,少人数にもかかわらず施設は良く運営さ れており,国内外の研究者の要望に良く対応できる施設として機能している好印象を受けた。現在の施設は既存の装 置で満たされてやや手狭な印象を受けるが,今後,古い装置は新しい高性能なものに置き換えることでここ当分はレ ベルの高い研究を維持できるであろう。将来的には分子研として適正な規模を保ちながら,光源の進歩などに対応し て今後も世界のトップレベルの水準を維持して分子科学の発展に寄与する施設であることを期待したい。
② 個別評価 加藤グループ
マンパワーや資金の限られた条件下で,特徴のある高水準の装置を開発するための戦略も明確であり,分子科学と して意味のある世界レベルの研究を可能にした実績を高く評価する。加速器によるコヒーレントなトポロジカル光の 発生とその応用など大変興味深い研究展開も予定されている。装置の開発・運営とグループとしての研究との両立を ユニークなマネージにより実現している。
田中グループ
高輝度,高エネルギー分解能にビームラインを改良し,スピン分解,角度分解光電子分光装置を開発整備するとと
もに,12 K の測定温度を 4 〜 5 K に下げ,高いエネルギー分解能の測定を可能にしている。たとえばスピン分解で従
来の一万分の一の分解能を達成し,スピントロニクスへの展開も視野に入れており今後の活躍が期待される。
繁政グループ
小グループであるが,励起の非局在化や解離に関してUVSOR の特徴を生かしたユニークでレベルの高い研究を行っ ている。電子多重同時計測法による多電子放出過程,短波長レーザーによる非線形光学過程,二次元電子分光法と電子・ イオン同時計測法による内殻励起分子の脱励起過程を研究する一⽅,渦光を用いた原子分子の分光研究もねらうなど 今後が期待される。
(3 ) 分子制御レーザー開発研究センター
① 全体的な評価
このセンターは2007年の分子研再編の際にミッションが見直され,新しいレーザー光源の開発,レーザーを中心と した光科学研究⽅法論の開拓とレーザー分子科学の推進,UVSOR と連携したコヒーレント光源の開発を主なミッショ
ンとして設定された。そのいずれのミッションにおいても高く評価される成果をあげてきている。これらのミッショ ンは次に構想されているメゾスコピック計測研究センターの構築において中心的な役割を果たすことが期待される。
②個別評価 平等グループ
超小型で強力なパルス・マイクロチップレーザーを開発するとともに,社会的にもインパクトのある応用の可能性 を示すなど,マイクロ固体フォトニクスの基礎・応用において文句のない大活躍をしている。たとえば,核融合に向 けたレーザー点火に加え,レーザーエンジン点火,THz 波発生と分光光源,粒子加速,単一微粒子の履歴解析,質量 イメージング,ウェアラブルレーザーなどへの展開の先鞭をつけている。光拠点,ImPACT,NEDO,JST 先端計測な
どの研究資金を獲得するとともに,理研,阪大,生理研,KEK,コンポン研,核融合研などと共同研究を推進している。
藤グループ
赤外超短光パルスの発生,評価,光電場振動の直接計測技術の開発,チャープパルスとの相性がよい減衰全反射赤 外分光装置などで顕著な業績をあげている。また,分子研内の研究グループとの共同研究にも積極的で評価できる。
(4 ) 物質分子科学研究領域
① 全体的な評価
創立以来,広い物質分子科学の領域の中で,分子研は分子性固体の電導性に重点をおいた分子物性研究を中心テー マとして研究してきた。しかし,2000年頃から次第に新規な研究分野の開拓に挑み,現在もまだその過程にあると 考えられる。現在この領域の専任のPI は5名で少ないが,協奏分子システム研究センター所属の PI の何人かは実質 的には物質分子科学の研究に携わっており,物質分子科学研究の新しい芽が育っている印象を受けた。
この分野のミッションは,a) 新規分子性材料の高機能化と b) 革新的分子物性計測法の開発,とされている。a) に 関しては,新規な分子・集合体の創成において幾つかの注目すべき進展があったと評価される。b) に関しては,全く
新規と言える測定法の開発と言えないにしても,測定法の顕著な改良と新しい物質系への応用に関して注目すべき成
果が得られている。しかし,この分野の研究グループは,江グループ以外はグループの規模が小さく,このために研 究を大きく発展させるのが難しい状況が続いており,この点での改善が望まれる。
② 個別評価
山本,小林グループは協奏分子システム研究センター所属であるが,ここに入れる。また,平本グループは都合に より評価できなかったので記載していない。
山本グループ
有機モットFET は,先端研究課題に属し,特に光照射によるダイポールの発生に誘起される光誘起超伝導は,有機・ 無機を問わず世界初の発生機構として注目される。今後,1光子の照射により多数分子が広領域でダイポールを発生 するドミノ効果機構を用いた光誘起超伝導の開発,バンド充填制御が可能ならば超伝導転移温度を最適の状態密度に 整合させることが課題である。κ-(ET)2Cu[N(CN)2]Br 薄膜 FET の電荷注入による超伝導発現は,有機物として最初の
例であり,重要な仕事である。光誘起超伝導と同様に,状態密度の最適化によるTc制御が望まれる。光誘起超伝導・ FET 超伝導測定において,試料はモット絶縁体−超伝導体を用いており,超伝導から外れたモット絶縁体を用いて電
荷注入超伝導を誘起し,かつTc制御をするとインパクトはより大きいであろう。
小林グループ(若手独立フェロー)
ヒ ド リ ド 移 動 と 電 気 化 学 デ バ イ ス は, 将 来 性 の あ る 課 題 で あ る。 ヒ ド リ ド 移 動 は 生 体 内 で の 酵 素 酸 化 還 元 系
(NADH ↔ NAD)に関係し,ヒドロゲナーゼによる H2分解にも関係するのではとの意見もある。バルク固体中にお けるヒドリド移動機構を詳細に調べること自体も,まだ十分になされていない。H–はsoft base であり,周囲の元素
種に依存してイオンサイズが大きく変化するので,どのような母体に入れるかにより,斬新な機能や提唱されている 高エネルギー密度の電気デバイスの開発が期待できるが,応用を先行するのではなく基礎技術を詰めることが大事で ある。a) 汎用合成法の開発,b) 良質単結晶作成法の開発,c) 水素種(H+,H•,H–)の確認と移動速度・経路・機構の
測定・解析が重要であろう。ヒドリド移動に関連する,よりスケールの大きいテーマの検討を望みたい。
横山グループ
紫外磁気円二色性電子顕微鏡を高感度で測定できる条件を見出して,磁性薄膜の磁気構造の解明に利用するなど, 紫外およびX線磁気円二色性顕微分光の分野で,ユニークで先導的な成果をあげてきたことは評価できる。しかし, 研究グループが小さいためか,研究の広がりがこれまで限られてきたことは否めない。最近,このグループは燃料電 池などの実材料をその動作下で評価・解析する手法として雰囲気制御硬X線光電子分光装置を開発した。まだ,時間 分解や,空間分解の観察で改善の余地がある印象を受け,現時点ではこの⽅法の有効性やインパクトに関して判断し かねるが,将来の発展に期待したい。
中村グループ
外部研究者との連携によって,以下のような新しい研究の芽が見られた。a) 自己ドープ型水素結合有機導体,b) COF の光誘起電荷移動,c) 遷移金属配位錯体(Ni トリアリールアミン,Ru 二核錯体)の電子状態,d) ビラジカルの
スピン多重項スイッチ。これらは,興味深い研究であるが,共同研究における中村グループの学術的な貢献・個性をしっ かり打ち出す必要がある。
江グループ
大きな将来性をうかがわせる研究であり,COF 研究の創始と展開は,学術における大きな潮流を開拓しているもの と評価される。制御項目として,a) 2次元網サイズ(縦・横),b) 平坦性,c) ポアサイズ,d) ポアパターン,e) 挿入 分子種,f) 積層における厚さ,などを一つ一つ解決しつつ,g) 機能(包接機能,電子機能)の開拓を展開している。
物質・機能開発研究としてインパクトの大きい研究内容である。本研究を世界に広げる工夫,たとえば,グループ内 に多国籍研究者を増やすなど,が今後必要であろう。MOF の研究者も,MOF は共有結合のみから成ると主張してい るので,MOF では不可能な機能を COF で創成することが,インパクトのある課題となる。
西村グループ
このグループは膜タンパク質のような生体分子系の研究に適した固体高分解能核磁気共鳴法の開発を目指して,独 自の測定法,装置および解析法の開発を試みてきた。この面においては着実な成果を積み重ねてきたと評価されるが, まだこの分野で大きなインパクトを与えるような成果を得るところまでは達していない。このグループも小グループ であることによる問題を抱えている。
(5 ) 協奏分子システム研究センター
① 全体的な評価
2013年に発足したばかりであるが,本センターは秋山教授のリーダーシップのもと,分子の「個」と「分子集合」, そしてその極限にある「生命体」を結ぶ斬新な機能をもつ分子システムの創成をミッションとして活発な活動を開始 した。分子の挙動・性質が高次構造体を形成し分子集団を形成した時に発現される機能にどう結びつくのか,分子シ ステムの構成要素の理解から多重の階層を超えてどう機能に繋がるかを解明するのは時宜を得た研究テーマである。 採用された研究者はいずれも極めて優秀で,分子研の新しい息吹を感じさせ期待は大きい。しかし,次のような懸念 も指摘された。
現在のメンバーの研究分野は,生体分子,光伝導体,グラフェンなどと多岐にわたっており,これをどのようにま とめてセンターとしての共通のゴールを設定して世界にインパクトのある研究を出せるかが問われる。センターの研 究者自身の発想で,共通のゴールに向けた緊密な共同研究のプロジェクトを立案し,概算要求ばかりでなく外部資金 にも応募して推進する体制の確立が望まれる。この分野の研究者は併任の教員が多く,この人員でこのミッションの 遂行ができるのか不安であり,もっと専任の人材を集める必要がある。
「協奏」の視点は面白いが,成果をその視点のみで見ると,機能性の幅を狭める恐れがある。たとえば,スイッチ 機能,局在と非局在(モット絶縁体vs 金属・超伝導)は協奏と競争の混合機能である。
しかし,次の意見に代表されるように,このセンターに対する期待は大きい。「このセンターのミッションは,多 種多様な分子反応がオーケストラのように調和して卓越した高次の構造形成,機能発現につながるかを解明すること を目指している点で生命機能の研究にとって必須とも言える研究課題である。オーケストラには楽譜があり指揮者が 個々の奏者をコントロールするが,生命システムにはそれらがない,すなわち,自発的,自律的に調和のとれた組織 ができ機能する。これが,問題を極めて難しくしている。分野を問わず,この困難な問題にアプローチする確立した 研究⽅法は存在しない。その意味で,本センターは極めてチャレンジングな,しかし,極めて重要な課題に挑戦しよ うとしており,将来がとても楽しみである。」
このセンターの活動をさらに発展させるには,今後分子研全体との人事交流を深め,新しい人事で協奏分子システ
ムの研究にふさわしい人材を補強して陣容を整える必要があろう。グループ内の異なる分野の研究者間のコミュニ ケーションを良くするために,オフィスの間の壁を除いて広い共通スペースを作るなどの新しい試みも行われており, その成果が期待される。
② 個別評価
山本,小林グループについては物質分子科学分野の評価の項に記載
秋山グループ
このグループは蛋白質時計の研究でこれまでに大きな成果を挙げている。本グループが研究している生物時計の研 究は,時間と階層のつながりを含む協奏的システムの研究として,極めて適した課題である。計測など基盤技術の開 発も充実しており,また,他グループとの連携も積極的に行っている。時を刻むという生物の根源的な視点から生物 システムの研究にアプローチし,本ミッションの成功例となることを期待する。
面白い独創的テーマで,優れた計測・解析成果と評価できる。計測・解析の次に来る制御を可能(例えば 24時 間周期 → 1時間周期)にするには,時間周期とどのような分子パラメータ(分子サイズ・分子種・元素・分子形状・ 電子状態など)・集合体パラメータ(分子積層様式・集合体電子状態など)・環境パラメータ(温度・圧・濃度・pH など)・分子間相互作用(幾何的,電子的など)が支配的に協奏・競争しているのかを明らかにする必要があり,興 味深い展開が期待できる。この内容を膨らませて,よりスケールの大きいテーマとすることを望む。
古賀グループ
蛋白質をゼロからスタートして,独自の仮説と計算でタンパク質の構造と機能を自在に設計することを目指し,か なりのレベルまで成功している。夢ではないと思わせる迫力がある。タンパク質の設計が自在にできれば,分子シス テムも自在に操作できる可能性が出てきて,協奏的分子システムの研究を大きく進展させると期待される。
熱のこもった取り組みで何か新しい結果が出てくる予感をもった。ゼロからスタートしてタンパク質の構造をデザ インしており,タンパク質機能のデザインの可能性に期待を抱かせる研究である。
鈴木グループ
曲面グラフェン分子の開発は,重要な課題であるが,世界的に研究者人口の少ない分野である。また,合成の困難 さから大きな研究体制(実働部隊)での勝負が必要であろうが,現時点での鈴木G は大きいとは言えず,結果として 少ない論文業績にとどまらざるを得ない。
(6 ) 生命・錯体分子科学研究領域
① 全体的な評価
本研究領域は,(旧)錯体化学実験施設と岡崎統合バイオサイエンスセンターを母体として2007年に発足したもの で,錯体分子科学と生命分子科学の分野から構成されているが,その立ち位置がやや不明確な印象を受ける。現在の ミッションは,「生物が示す多様な機能の発現と制御を分子レベルで理解,解明し,また一歩進んで生命化学現象と 通底する化学反応の設計開発を推進する。」とあり,そのために金属錯体の研究が重要であるとの認識に立っている と思われる。したがって生命化学を軸とした統一的な学際的な融合があっても良いのではなかろうか。本領域は主に
山手地区に配置されており,生理研や基生研との交流も可能であり,さらなる融合と交流を期待したい。
錯体分子科学分野の問題点の一つは,過去10年程の間に新任の教授,助教授が短期間で他大学へ転出するケース が多く,分子研で研究を大きく展開できていないケースが多いことである。これは大学と比較した場合の大学院生等 のマンパワー不足が主な原因と考えられるが,今後の人事においては分子研を拠点として研究を大きく発展させる意 欲と能力のある人物を見極めて採用することが必要であろう。また,分子研としては,大学にない研究面での魅力を 錯体分子科学分野の研究者に示すことが望まれる。
現在,本研究領域の錯体分子科学分野には,錯体触媒研究部門と錯体物性研究部門があり,両者とも活発に研究が 遂行されて優れた成果が出ている。これらの研究は上述のミッションには合致した研究でもある。しかし,従来の金 属錯体化学の立場から見れば,やや本流を離れた領域においての研究と思われる。今日の化学研究における錯体化学 の重要性を考えると,錯体化学分野での本流の研究に関与する研究における優れた研究者も分子研に存在することが, 分子研および錯体化学分野の双⽅にとって望ましいことであろう。
② 個別評価 魚住グループ
魚住グループの研究の主軸として20年近く遂行してきた水中での有機分子変換反応,中でも両親媒性高分子担体 を反応場とした遷移金属錯体触媒や遷移金属ナノ粒子触媒による有機分子変換反応については今でも非常に注目され ている。錯体触媒の精緻な分子設計,触媒をマイクロ流路反応装置内に膜状に発生させる技術,分子の自己集積によっ て疎水性反応場を自発的に発生させる技術の創出等で,有機分子変換反応システムの構築により是非とも21世紀の 有機化学反応研究にパラダイムシフトを分子科学研究所から創発してもらいたい。このグループの研究はグリーンケ ミストリーの観点から世界中が期待する成果を創出しており,多くの受賞へと結びつく大きな研究成果に結実してい る。また,同じく20年以上にわたる不斉触媒の開発研究および触媒の超活性を目指す触媒開発研究についても成果 を挙げており,分子科学研究所における錯体触媒化学をさらに先導する研究へと展開してもらいたい。
正岡グループ
人工光合成を主たる研究テーマとして,水からの高活性な酸素発生触媒について金属錯体を用いて挑戦的に研究を 遂行している。単核ルテニウム錯体を用いた研究では,これまで酸素発生触媒作用は2つ以上の金属イオンが必要と されてきたが,単核錯体であっても進行することを示しており,今後の研究展開に大きな影響を与える。またその結果, 酸素発生触媒機能の発現に,多電子酸化還元能,フレキシブルな構造,隣接する配位不飽和金属イオンの存在の3要 素が重要との結果に至っており,今後の研究展開に大きな影響を与えるであろう。五核鉄錯体を用いた研究では,水 の四電子酸化に対して極めて高い活性を示すことを見出しており,大きな期待が持たれているが,酸素発生過電圧を 下げることが課題である。時流に振り回されることなく,しっかりと地に足のついた研究を遂行してもらいたい。
椵山グループ
水素結合やハロゲン結合等の非共有性相互作用基を活用した不斉分子触媒や不斉合成反応の研究を遂行し,キラル な有機化合物の効率的合成を狙いとしており,生物体内で行われている反応解明にも繋がる興味深い研究である。そ
して光学活性置換型ホモアリルアミンの1,3- アルキル移動反応は不斉転写を伴わないとされてきたが,この相互作用 を利用することで極めて高い不斉転写率で1,3- 移動反応が進行することを証明する等,興味深い結果を発表してきた。 また,ハロゲン結合を利用してハロゲン結合供与体が触媒として機能することを初めて見出してきた。これらは水素 結合やハロゲン結合が適度に強度や相互作用⽅向をコントロールし不斉反応を誘導していることを示しており,不斉 分子触媒や不斉合成反応の開発において極めて重要な役割を果たしていることを示しており,大きな意義がある。こ れらの結果は生体高分子であるタンパク質の折りたたみ構造や酵素反応における特異な反応性が人工キラル分子によ り簡易に達成できることをも示しており,生体反応の解釈にも貢献できるかもしれない。金属の代わりに意図的に相 互作用の弱い非共有性相互作用基等の水素結合を用いていると考えられるが,できれば金属錯体触媒の性質をも取り 込んだ,幅広い錯体触媒研究部門の発展に臨んでもらいたい。
古谷グループ
赤外差スペクトル法による分子の振動エネルギー変位を最大限に利用した研究であり,物理化学系研究者の才能を 十二分に活かした極めて高度な研究手法であると考えられる。その手法を用いてイオン輸送タンパク質の機能発現にお ける分子機構や膜タンパク質の構造−活性相関,そしてカリウムイオンチャネルタンパク質のイオン選択機構に関する 研究を遂行し,それらの非常に重要な分子機構の解明に繋げている。また,元岡崎統合バイオサイエンスセンターの桑 島グループとの共同研究を遂行する等,その技術,能力を最大限に活かす努力をしている。手法ありきも重要であるが, 生物側から見た時,必ずしも赤外分光法だけがベターとは思われないので,できれば,違う目から見たときの現象の重 要性も知るために,他の手法も取り入れ総合的にアプローチするような研究姿勢も重要ではないだろうか。まだまだ若 いので,世の中の考え⽅そのものを変えるような大きなコンセプトを提案できる研究へと繋げてもらいたい。
(7 ) 岡崎統合バイオサイエンスセンター
① 全体的な評価
現在,生命科学は飛躍的に発展している。これは,遺伝子操作技術をベースにした分子生物学の進歩によるところ が大きい。しかし,これらの研究は主に生命を構成する要素の解析が中心で,真に生命機能を理解するためには,こ れら要素が作るシステムを分子レベルで理解することが必須である。このような状況のなか,岡崎統合バイオサイエ ンスセンターが,果敢にも異分野を融合して分子から人間に至る階層をつなぎ,複雑でダイナミックな生命機能の理 解に挑戦していることは頼もしい限りである。戦略的にも,3研究所の得意分野を生かしてバイオセンシング,時空 間設計,動的秩序形成の3研究領域に焦点を当てて具体的に現実的に研究を進めようとしているところは高く評価で きる。
分子研,生理研,基生研の中でも生命に関わり互いに共通する学際領域の諸問題に対し諸⽅面からアプローチし, 分子レベルの新しいバイオサイエンスを切り開くことをミッションとして設立されており,大きな期待が寄せられて いる。事実,バイオセンシング研究領域,生命時空間設計研究領域,生命動秩序形成研究領域,いずれも非常に高い レベルの研究が遂行され,分子と生命を繋ぐコンセプトを創出するべく励んでおり,3研究所のバイオ研究分野の統 合を意識した素晴らしい研究成果を出していると思われる。
② 全体的な提言
分子に関して高い技術や多くの知見をもつ分子研が生命科学に挑戦することは,日本の生命科学を推進するにあた
り極めて強力なパワーとなる。本センターでの分子研の役割は様々な生体分子反応を統合し生命を分子システムとし て理解することなので,そのために分子科学の研究をどのように生命システムに展開させるのか,より具体的に課題 を絞って実効的戦略を立てられることを期待する。また,ダイナミックシステムの理解には,数理や情報科学の視点 が必要で,新たにそれらの分野を取り込むとより強力になると思われる。“ 異分野融合” ,“ 階層を超える” は,言葉 にするのは簡単であるが,実行するのは非常に難しい。特に個人の自由な発想を重視する大学では難しい。ある程度 ミッションをかけ,個々の研究室レベルを超える規模の研究が必要であり,個々の研究者の本気で取り組む覚悟とセ ンター長の強いリーダーシップを期待する。
コンセプトの創出とその仕掛け:分子と生命との間のギャップが大き過ぎ,どう繋ぐかに対するコンセプトが出せ るかには当然のことながらまだ道遠しではあるが各研究者にそれに対する努力が感じられる。研究者らの意欲をさら に引き上げるためにも何らかのブレークスルーを提案できる仕掛けを考えてもいいのではないか。
③ 個別評価 加藤グループ
生命科学の今後の最大の課題と言ってもよい,多くの部品が自律的に集合し,調和して働く仕組みの解明に,所内 外で新学術領域やオリオンプロジェクトを組織し,大規模に研究を推進,展開している。生命分子科学と超分子科学 を結ぶ分子科学の視点で生命科学に新風を吹き込むと期待される。グループの研究としては,シャペロニンや糖鎖の 構造学的研究が高く評価できる。次の課題として,細胞の理解を念頭に,如何に複数の異なる分子システムが自律的 に調和をとって働くのかというより高次の秩序構造と機能も視野に入れてほしい。
青野グループ
バイオセンシングの研究として,ヘムを活性中心とするセンサー蛋白質の構造的研究で成果を挙げている。特に, 乳酸菌の細胞内ヘム濃度調節に関与する蛋白質群の発現制御因子HrtR タンパク質の構造的研究は興味深い。今後の 研究課題として,生理研との連携も考え,できる限り哺乳動物に近い細胞におけるバイオセンシングの研究も視野に 入れてほしい。
飯野グループ
回転分子モーターを中心に,能動輸送分子機械の計測,構造解析,分子シミュレーション,設計╱人工合成,操作 を統合的に行い,分子機械設計学に挑戦している。F1ATP 合成酵素の研究で成果を挙げており,十分実現可能な課題
設定で研究を進めている。生物分子機械を自在に設計し操作することは生命科学の夢とも言うべきもので,今後の進 展が大いに期待される。
栗原グループ(特任准教授)
生命をシステムとして考える研究において,多種多数の要素を含む複雑反応を自在に操作できる系を構築すること は非常に有効である。人工細胞はその最も期待されるモデルである。本グループが挑戦している交差触媒系を内包す るモデル人工細胞,ペプチド合成システムを内包するモデル人工細胞は,現段階ではまだ単純なダイナミックスの研 究に留まる未熟なモデルではあるが,それなりに成果を挙げており,近い将来に期待する様々な複雑な反応ダイナミッ クスを研究する強力な研究モデルシステムに発展すると大いに期待される。
(8 ) 理論・計算分子科学研究領域および計算科学研究センター
① 全体的な評価
研究領域として,5人の教授,准教授(他に特任准教授の若手独立フェロー)が,それぞれの専門分野で,優秀な 成果を上げていると言える。特に,柳井グループは国際量子分子科学アカデミー賞,日本化学会進歩賞等を受賞し, その独創的な研究が国際的にも極めて高く評価されている。
分子研の常ではあるけれども,博士研究員,大学院生などを含めて,研究者の数が5研究室で20名位程度であり, 研究者数が不足している。新しいアイディアをさらに発展させるためには,研究者数を増やす必要がある。外部資金 による博士研究員の雇用,学振外国人特別研究員等の推薦等,いろいろなチャネルを通じてのさらなる努力が望まれる。
2015年6月現在,永瀬教授,平田教授定年退職後2年を経過しているにもかかわらず,その後任が任命されてい ない事は極めて残念である。それぞれ事情は有るかもしれないが,元々研究グループの少ない分子研では,教授や准 教授の補充は研究活動を推進するため最優先事項である。今後も,欠員人事は出来るだけ早く任命してほしい。
今後,研究領域の更なる発展のためには,教授,准教授いずれも,従来もっとも得意としていた研究テーマからは み出した,新しい展開を期待したい。教授,准教授はいずれも比較的若いので,今後今までと全く異なる研究テーマ で大発展する可能性がある。分子研および日本には優秀な実験研究者が沢山いるので,彼らとの共同研究を積極的に 推進し,新しい分子科学を構築してほしい。
計算科学研究センターも,ハードウェアーの一層の充実等によって,利用が極めて活発に行われており,分子科学 の理論・計算分子科学に,大変大きな寄与をしている。
また,次世代スーパーコンピューター戦略,ポスト「京」重点課題,元素戦略プロジェクトなど,日本の理論・計 算分子科学の国内の中核としての役割も,今後もますます重要になってくると思われる。一層積極的な参画を期待し たい。
② 個別評価
協奏分子システム研究センター所属の理論系の若手独立フェロー2名(石﨑,鹿野)のグループは都合により評価 できなかったので記載していない。
斉藤グループ
多体分子系の不均一動力学の理論研究を中心に,水の動的性質,たんぱく質の構造変化などの解明に,非常にレベ ルの高い成果をあげている。大変実力があり,今後の分子研を背負っていくグループであるが,今の所やや狭い範囲 にとどまっている感じがする。今後,異なる階層に属する構造揺らぎ,構造変化,化学反応を統一的に理解したいと いうゴールに向け,もっと大胆に進んでいって欲しい。このためには,もう少し大きな研究グループが必要で,より 積極的に研究者を確保する必要があると思われる。さらに,研究領域の国内および世界的リーダーとしての役割も, どんどん果たして欲しい。
江原グループ
従来から活発に研究を進めてきた高精度励起状態理論,とくにSAC-CI 法とその応用,および,この数年新しく手 をつけた金属クラスターや固体表面における触媒反応の研究を中心に,複雑系の幅広い量子化学的研究に顕著な成果 をあげてきている。後者の不均一系触媒反応の分野は,いまだ⽅法論の開発も十分でなく,理論化学が活躍できる多
くの問題をかかえている。今後,個々の問題の解決に限らず,この分野に大きなインパクトを与えるような,理論的
⽅法論や問題意識の展開を望みたい。東南アジアを含む海外および国内との共同研究も多く,分子研理論の顔として の役割も果たし始めていることにも,大いに期待している。
信定グループ
電子状態理論,電子動力学理論,分子動力学理論などのいろいろな⽅法論を組み合わせて,光,電子,原子核の相 互作用の動的挙動の理論的⽅法の開発を行うとともに,これらの⽅法を応用して,近接場光励起ダイナミックス,担 体クラスター触媒,MOF による水素貯蔵などに素晴らしい研究成果を上げ,機能性物質の理論解明と設計に向けて
多彩な研究を展開させている。外部資金プロジェクトへの参加も積極的に行っている。
柳井グループ
高精度電子状態計算法,とくに,密度行列再規格化法の展開,この為のプログラムの開発に,非常にオリジナリティ の高い研究成果をあげている。さらに,この新しい⽅法を遷移金属生体触媒系,遷移金属水分解触媒,大きなパイ共 役系など,電子相関が強く従来法では取り扱いが困難であった幾つかの化学的に極めて重要な分子系にタイムリーに 適用し,その成果が注目を浴びている。今後,電子相関理論のさらなる発展と理論的にさらに困難な系への適用を期 待する。
奥村グループ
分子動力学シミュレーションの手法の開発と生体系への応用を中心に優れた研究成果をあげている。とくに,タン パクの動的挙動に関し,レプリカ交換法を母体に,独自の新しい⽅法の開発に積極的に取り組んでいることが注目さ れる。アミロイド繊維の成長など,今後医療への応用を目指すということであり,その目的のためには,これらの⽅ 法とコースグレイン法あるいはまったく別の⽅法との組み合わせなどを駆使して,いかに実際の問題に適用できるか が鍵になると思われ,新しい発展を期待している。
(9 ) その他の研究施設と技術職員等の支援の在り⽅
① 機器センター
機器センターの業務は,a) 共通機器の維持,管理,運用,b) 寒剤の供給,c) 大学連携設備ネットワーク関連,d) ナ
ノテクノロジープラットフォーム関連業務,である。
共通機器は多くの所内外の利用が続いており,寒剤の供給も円滑で,利用者の満足度は高い。しかし,一⽅で装置 の老朽化も憂慮されており,更新の必要性の高いもの,利用頻度の高いものから継続的,計画的に更新を進める必要 があろう。
機器センターに関わる教員は,現在は併任のセンター長のみであるが,センター全体の状況を見渡して将来計画を 立てられる教員の存在が望ましい。
② 装置開発室
装置開発室に求められる業務は,a) 最先端の装置開発,b) 日常的に必要な部品の製作,c) その他,に大別される。 a) 分子研に期待される独創的な研究では,市販品では得られない性質・品質の最先端の装置の開発が必要とされる。
従来この面では日本の大学は欧米の大学に比べて著しく劣っていた。創立以来,分子研は大学では見られない優れた 陣容の技術スタッフと設備で,所内外の要望によく対応してきた。今後もこれを維持し,業務としての継続性を確保 してゆくことは重要であるが,時代の変化に対応して,解析・シミュレーション技術の高度化,微細加工の進化,3D
プリンターの活用,各種物性評価手段の習得などの新規技能を獲得してゆくことが求められる。
b) 日常的に必要な部品の製作を,外注では難しい迅速性・小回りの利くサービスで行って所員の要望で応えること
である。
c) その他,講習,新技術の調査,習得,アウトリーチなどの活動
a),b) に関してはほぼ良好な活動状況にあると判断されるが,c) に関しては,他研究機関との技術交流が装置開発
室の発展には重要である。また,職員の年齢構成がやや高年齢に偏っており,若手の人材育成が急務であると同時に, 高年齢の職員の何らかの昇進⽅法や他機関への転出の仕組みがあると良いと思われる。